ペンの指す方向~chapterI~(JOYFUL完全版)

 

 

なんてつぶやいた日から、はや一ヶ月が経とうとしてる。

今日まで、自分の満足がいくまでいろいろ調べながらちまちまと執筆してきました。

自分用に書き留めておくだけにしよう思ってたけど、やっぱりみんなと翔さんのすばらしさを共有したいと思ったので、全体公開にします。

あと、多くの人に知ってもらえたらと思い、しおPさんのタグにも便乗らせてもらいます( ´^o^` )

でも、100%自分の解釈があってるとは限らないので、記事全部の内容を鵜呑みにしないでくださいね~

 

 

 

 

 

まず、この曲について書くにあたって、貴重な情報を提供して下さった方々(特にsaiさん)には感謝してもしきれません…ほんと、ありがとうございましたm(_ _)m

 

 

 

 

歌詞の紹介の前に、翔さんがラジオやテレビでこの曲について話してくれた内容を、箇条書きで時系列にまとめてみました。

 

 

2004年3月13日 SHO BEAT

  • 題名は決めていない(暫定でJOYFUL完全版としておきますと)
  • 構想から出来上がるまで3ヶ月
  • トラックを作ってくれた人ha-jさん*1
  • ha-jさんのお宅で一緒に朝まで作ってた
  • こすりはO.H.B.A.さん
  • 部分的に弟が出てたり俺らの曲をやってくれてたディレクターの人の声が入ってたり色んな人に手伝ってもらった
  • 歌詞も極めて個人的
  • 共感できるところってもしかしたら少ないかもしれない、共感できる部分もあるかもなのでちょっと聴いていただきたい

 

2004年3月23日 慶應大学卒業式

 

 

2005年3月25日 はなまる

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  • 卒業式の日に同級生の赤荻アナと撮った写真をとっておきの一枚としてあげる

 

2006年3月4日 SHO BEAT

  • 大学を卒業するタイミングで卒業ソングとして作った
  •  僕にとってはちょっと時間が空いてしまって、自分自身でも聴くの久しぶりだから 何かちょっと不思議な感じ
  • 皆さんに向けた僕からの卒業ソングとして、今週はこの曲を聴いていただけたら

 

 2007年3月3日 SHO BEAT

  • 3番に入っている「社会人になっても やろうな」なんてのは、3年前、まさにスノボーに行った時の友達が言った台詞をそのままリリックにしてみた
  •  今回も夜中みんなが出来上がってしまった後、ふいにこの曲が流れて一人がいきなり泣き出すという、ちょっと僕にとっても思い出深い曲

 

2008年3月8日 SHO BEAT

  •  「JOYFUL」のラップ部分をバース1に持ってきて、そのままバース2、バース3と続く、僕が作った卒業ソングがあるので聞いていただきたい
  • イントロ部分では、これ僕の誕生日に撮った声で、「サクショウの22歳の誕生日祝って、かんぱ~い(実際はおめでと〜)」って声で始まる
  • 22歳、大学卒業する、その年の誕生日の声を入れてイントロ部分に作ってある

 

 

 2008年4月10日 はなまる

  • 卒業するときに個人的に卒業ソングを作った
  • ジャケットも友達とかが作ってくれた
  • 友達に渡す用にほんの数枚
  • 友達が作ったのをみんなで切りながら梱包して、その人たちが持って帰るみたいな

 

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(持ってる人は赤荻アナ) 

  • 今は個人的に何曲か作ってるけど、これが一番最初にちゃんと作った曲
  • 立派なものじゃないので売るつもりはない

 

  

 

当時赤荻アナももらったんだって。いいなぁ。

立派なものじゃなくないし、いちファンとしてはすごくほしいけどね……

 

でも当時、ラジオのリスナーのみなさんへのプレゼントとして、FM FUJIのネットに期間限定で歌詞を公開してくれてたみたいで!

 

 

 

その歌詞をそのまま写しながら、歌詞にはないけれど聴こえてくる部分には耳コピしたのを灰色で文字起こしします。

 注釈部分にも調べたことをいろいろ書くのでそこも注意しながら読み進めてもらえればと思います👍🏼

 

 

 

ペンの指す方向~chapterI~(JOYFUL完全版)

 作詞・作曲 櫻井翔 編曲 ha-j

 

 

 

 

 

「……(賑やかな笑い声)サクショウ22歳の誕生日を祝って、おめでとー!!(乾杯)」*2

 

 

動き続けた長針と短針は、振り返ってみるといやに短期間だった・・・、、、・・・、、、・・・。」

なんて語り明かし今3時半*3

何時間か後には賛美歌

動き続けた長針と短針は

振り返ってみるといやに短期間

なんて語り明かしもう3時半

何時間か後には賛美歌

 

バース1

(ここの解説は前記事翔さんのソロ曲︰F.T.MとJOYFULについて 後編 - RedBlaze125のブログで書いてます)

動き続けた長針と短針は

振り返ってみるといやに短期間だった

もう桜が舞い落ちる・故に回想するとほら走馬灯のように

 

♪長い 一本道は♪

あー、そんな曲歌った小6の時か

並木背に。けやきを胸に。

笑顔の未来が待ってるといいな

 

あぁお疲れ、保護者会 時間ある?じゃあ、ぶらっとどう?お茶会」

なんて、20年後の世界

一緒に行こう子供の運動会

 

もう幾つ寝ると

歩き出す両方 ペンの指す方向

歩き出す両方 ペンの指す方向

ここからの道は背中合わせの方向

 

この一年、これが最後の最後と思いながらやってきた

せめてあとちょっとバカやってたいんだ

この雪溶けるまで、溶けるまでは・・・

 

 

 ※Repeat

 

バース2 

 「今日の給食カレーかな」

どれくらい経ったろう あれから

「明日は何時に学校前?」

今となってはもう過去だね

「部活何した?野球?俺はサッカー」

別れではない 全てこれからだ

「なんだこれ銀杏か、マジくせえ」*4

蛍よ道を示す灯くれ

「食堂行って食おうよ、唐揚げ」

二度と会えない訳ない まさかね

「試験近いな、何かある?いいノート」

気持ち紛らわす為に あんた何かあるか いい方法

「なんだか不安なんだ」

こんなにもデカイとは不覚だった

 

動き続けた長針と短針は

振り返ってみるといやに短期間だった。

 

 

※Repeat

 

 

バース3

「社会人になってもやろうな(絶対やろうな)」

ふとあなたが言った言葉

やたらと長くここにいたがる

俺はブラウン管*5中 まだ、もうしばらく

なんでもなかった時間が 何にも代えがたい思い出になる(そして春)

 

最後の授業 最後の旅行 最後の卒業後に飲もう

きっと 今晩が生涯で一番短い夜 記憶残す

これが最後の夜

・・・これが最後の夜。

記憶残す 無理『もどる』

 

もう伝え忘れたことはないかな

なら皆とただ、ただこのまま

 

朝の日が俺ら照らすまでは・・・

丘の上 朝日昇るまでは・・・

 

♪丘の上には 空が青いよ♪

何時間か後には賛美歌

 

動き続けた長針と短針は

振り返ってみるといやに短期間

なんて語り明かしもう3時半

何時間か後には最後の賛美歌

 

(「なんだか不安なんだ」

せめてあとちょっとバカやってたいんだ

朝の日が俺ら照らすまでは

ただ、ただこのまま

伝え忘れたことは

別れではない

何にも代えがたい思い出に

もう、桜が舞い落ちる)

 

 歩き出す両方 ペンの指す方向

ここからの道は背中合わせの方向

 

歩き出す両方 ペンの指す方向 

・・・笑顔の未来が待ってるといいな

 

 (笑い声)

 

 

 

 

 

 

 

 

うわあああああああ(٭°̧̧̧ω°̧̧̧٭)

なんか文字打ち込んでて泣く。

 

 

いやもう、ペンシリーズはほんと好きなの。聴きすぎて、今や何もない状態でも全部歌えるレベルです。笑

 

 

 

 

バース2はなんといっても弟くんとの交互のラップ!当時9歳だって。翔さんも、昔同じ声だったのかな。撮ってるところを想像するだけでなごみますね( ´^o^` )

あと、どれも意味のある内容である上に、ちゃんと韻を踏んでるってのがすごい……!

 

 

 

 そしてバース3

ペンの指す方向において、おさえておくべきキーポイントはズバリ、「丘の上」。

 

 

慶應の代表的な応援歌のひとつで、早慶戦で勝った時などに歌われるそうです。

 

慶應義塾應援歌 丘の上 (竹山逸郎) - YouTube

 

聴いてみたら分かると思うんですけど、ペンの指す方向の曲調、どことなく丘の上っぽくないっすか??

 

ていうか、曲の終盤に入ってるコーラスは、完全に丘の上の最初のフレーズですよね!

 

ということは、翔さんの言ってる「賛美歌」は、この「丘の上」のことを指しているのかも……

この曲に関してなにか思い入れがあるんでしょうね。

 

  この「丘の上」は、chapterIIにもありますよね。「丘の上かかる時こそが栄光」。

 

ちなみに翔さんが大学3,4年生のときに通った三田キャンパスなんですが、キャンパスへ続く道は全て坂道で、登りきったところに学問の庭があります。(去年見学しに行った)

 

 

 

うーん。「丘の上 朝日昇るまでは」、か……

いろんな意味が込められてるんだろうな。

解釈が間違ってたら翔さんに失礼だし、ここでは書かないけど。(逃)

 

にしても、最後の方、曲聴くとめっちゃ泣きそうになるよね。翔さんほんとに名残惜しかったんだろうな…

 

 

「オレにとっては学校がすべてだった。」byアラシゴト

6歳から22歳までの16年間、ずっと同じ友達と学生生活を過ごしてきた翔さん。そりゃ母校がアイデンティティと化すよね。

 

その間、軽い気持ちで入ったジャニーズ。期間限定のグループだと思って入った嵐。

バース2の「「なんだか不安なんだ」こんなにもデカイとは不覚だった」。

こんなに人生を左右されるとは思わなかったんだね。

 

 

曲中ずっと時計の音が鳴ってるのも、「これが最後の夜」って記憶残そうとしてるのも、「無理『もどる』」って言葉を選んでるのも。焦りや不安、葛藤があってこそだよね……

 

 

桜、散るまでに。(一部分)

 

ただ…。
ただ不安なんだ。
20年後、現在と同じように俺らは集まれるのか。これだけフラットな感情のままでいられるのか。競合会社へいくあなた達は、全てを打ち明けられるのか。同業となる俺らの笑顔の裏に仕事は絡んでいないか。
誰かの成功を心から祝える位置にそれぞれがいるのか。誰かの過ちを、皆で許すことが出来るか。そして俺はその輪の中にいる人間になれているのか。

 

 この一年『これが最後の最後』だと思いながら過ごして来た。だからせめてあとほんの少しだけ、あなた達とバカやっていたいんだ。

日に日に、“時”は迫って来ている。
日に日に、“時”が削られていく。
ひとつひとつが、きっと最後。

もう、時間がない。
卒業式まで、あとひと月。

もう、桜が舞い落ちる。

 

2004年2月23日

 

 

そして、「 歩き出す両方 ペンの指す方向
ここからの道は背中合わせの方向」……。

 

 

当時の心境を考えれば考えるほど涙がでてくる重いオタクです。

 

 

 

一番最後の歌詞

「・・・笑顔の未来が待ってるといいな。」

 待ってるよ。先週なんて、はっしーさんが、「さくしょうは昔からめちゃいいやつ」って言ってたよ。

友達に収録日と放送日にラi…いや、メールする仲間想いな翔さんが大好きだ!笑

これからもずっとついていくよ!!

 

 

 

これで、個人的な考察を終わります。ついつい長くなってしまった、、ほんとはまだもっと書きたいけどね。笑

 あと、いつか韻とか音楽的なところまで掘り下げれるように頑張ろ。

 

ではまた!

 

 

*1:編曲家。2003年から今までずっと嵐の曲を手がけてくださっている。「五里霧中」「Lai-Lai-Lai」「スケッチ」「5×10」「Japonseque」「青春ブギ」などほか多数。翔さんのソロ「UntiUnti」の冒頭で「え、ジャニーズ?興味ないっすね」って言ってる人。

*2:2004年1月31日のSHO BEATで紹介してくれた22歳の誕生日エピソード3つ
①試験勉強を友達の家でしていると12時回ったら友達のお母さんが大きなケーキと紅茶を持ってきてお祝いしてくれた(友達も同じ1月生まれで2日違いだから一緒にお祝いしてくれたそうです)

②その翌日(つまりその日、誕生日当日)試験後夕方みんなでファミレスで勉強。そのファミレス、誕生日の人にプレゼントをくれることを友達が知っていてそこを選んだらしい。1月生まれが三人いたので当日の翔ちゃんはプレゼント(小さな食べ物)をもらい友達は当日でないから2人で1つ。

③友達から、誕生日お祝いしたいから試験終わった週末空いてる日教えてとメール。
その日、6人くらい集まったらいいな嬉しいなと思って誕生会に行ったら後輩含めて30人強集まってくれてすごく嬉しかった
(後輩とは体育会の友達の後輩で一発芸やらせるために呼び出されていたそう)

この3つのエピソードの中のどれかの時の音声。ていうか友達に愛されてる翔さん最高。

*3:「(2004年)1月。湯沢へ行った。スキーをした。鍋をした。夜中まで語り明かした。…気付けば初めての旅行だった。」@桜、散るまでに。

*4:翔さんが高一から大2までの通学途中にある、イチョウ並木のことだと思う。確かに臭いらしい。笑

*5:言わずもがな、ブラウン管テレビのことを指す。芸能界を表しているのかも。